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米沢城 (上杉神社)

前日夜に行った「上杉神社」、他の米沢の名所を廻る為にまずは「米沢駅」に戻ってから荷物を預けて、レンタサイクルを1日レンタル。

歩きもたっぷり時間のある時にはいいのですが、効率よく廻るには自転車が一番いいです。

再び「最上川」を越えて「上杉神社」へ。

「米沢城」跡が「上杉神社」になっています。

中に入ると圧倒的にこの方の存在が目につきます。

ただ本人は、恐らく一度もこの米沢の地を踏んではないと思いますが、やはり「上杉家」を語る上でこの方の存在なくしては、語る事は出来ないでしょう。

「上杉謙信公」。

これは晩年か、でも49歳で没しておられますので能登、加賀に進行して「織田信長」を迎えうつあたりの時かと。

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下は春に上越の「春日山」を訪れた時の画像、どちらも風格はありますがこちらは、「川中島」で武田信玄と戦っていたおそらく30代の時かと思われます。

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でも米沢の基礎を作られたのは、この二方「上杉景勝公」と「直江兼続公」。

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そして近代、明治維新まで上杉家が代々続いた事に、一番貢献されたのが「上杉廬山公」。

「なせば為る 成さねば為らぬ 何事も」、「成らぬは人の なさぬなりけり」。

【やろうと思えば何でもできます。できないのはやろうと思わないからです。
やろうとすることは他人のためではなく、自分のためになるのです。】

この諺はあまりにも有名、JFK,クリントンも日本人の中で一番尊敬する方と上げています。

他の方と比べると一番年をとっているみたいですが、謙信公に比べて150歳以上若い方です。

実際は養子に入ったので、血は繋がってなかったが、代々「謙信公」の義の精神は引き続がれてます。

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米沢城と言えば、この方の存在も忘れてはなりません。

「伊達政宗公」、この米沢城で生まれて当主になるまでここで過ごしてます。

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「稽照殿(ぎしょうでん)」、この中に直江兼続召料、「愛」の前立ての甲冑、謙信や景勝が所用していたと伝えられる甲冑がありました。

中は撮影禁止なので画像なし。

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Category: 日本の城
Published on: Sat,  12 2013 08:49
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