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会津若松城 (鶴ヶ城) 茶室麟閣(りんかく)

鶴ヶ城公園内にある、千利休の子・少庵が建てたと言われる茶室。

豊臣秀吉の奥州仕置きによって天正18年(1590)蒲生氏郷が会津に入り(42万石のち92万石)、近世的支配を確立していきました。

氏郷は織田信長の娘婿であり、器がおおきく勇猛な武将であるうえ、この時代を代表する文化人で、特に茶道に親しみ、のち利休七哲の筆頭にあげられるほどでした。

天正19年(1591)2月28日、千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられ、千家が茶の湯の世界から追放された折り、氏郷は利休の茶道が途絶えるのを惜しんでその子、少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに千家復興を秀吉に働きかけました。

その結果、文禄3年(1594)と推定される「少庵召出状」が出されたのです。

少庵は京都に帰って千家を再興し、千家茶道は一子、宗旦(そうたん)に引き継がれました。

そののち宗左、宗室、宗守の3人の孫によって表、裏、武者小路の3千家が興され、今日の茶道隆盛の基が築かれました。

かくまわれている間、氏郷のために造ったと伝えられているのが「麟閣」であり、以来、鶴ヶ城(若松城)内で大切に使用されてきました。(会津観光公社サイトから)

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Category: 日本の城
Published on: Sun,  29 2013 07:00
  • Comment: 2
  • Trackback: 0

2 Comments

oyanini  

2. Re:無題

>“邪王”さん
抹茶セットは別でたしか500円、パスしましたが。
午前中に訪れていたので、でもよくボトゥちゃんとは他の趣味でも共通するので、同じような行動をしている場合が多いのですよ~。

2013/09/29 (Sun) 12:47 | EDIT | REPLY |   

“邪王”  

1. 無題

一昨年ここを訪れましたよ。
抹茶?だったかな?とお菓子のセットを注文しました。
鶴ヶ城でポドさんと遭遇しなかったんですか?同じ日に訪れていると思いましたが??

2013/09/29 (Sun) 08:56 | EDIT | REPLY |   

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